<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>
(3/4ページ)
級友が、目を合わせないように帰っていく。
別に進路なんて恥ずかしがるようなことじゃないだろうに。
そう思うのは龍麻が進路をある程度選べるだけの成績を有しているからで、
そうでない生徒は現実を突きつけられて平然としていられるほど強くはないだろう。
同じクラスではあっても、それほど親しくはない生徒に一瞥をくれ、
それ以上の関心は払わなかった龍麻は、さして緊張もせずに扉をノックした。
「どうぞ」
ドアを叩いたのが自分であると判っているはずだが、マリアの声におかしなところはない。
意を決した龍麻は、大きく息を吸いこみ、一拍置いて扉を開けた。
「……」
マリアは面談用に向かい合わせにした机の一方に座っている。
資料を見ていた顔にも、顔を上げて軽く髪をかきあげた仕種にも夜ベッドで見せるような雰囲気はなく、
極めて教師的なものだ。
気を緩めかけた龍麻は、彼女が永い時を生きている魔性の存在であることを思いだし、慎重に近づいた。
なにしろ数百年に渡って人の歴史を見てきたマリアは、老獪さとわがままさにおいて比類なき女なのだ。
生徒には温厚で優しい彼女も、男(には自分の魅力がどこにあるか知り尽くした妖婦(となる。
面談を受ける生徒にあるまじき警戒心を解かぬまま、龍麻はマリアの向かいの椅子に座った。
傾きかけた陽が、金髪を照らしている。
淡い白にも見えるくらいの輝きを放つ髪と、対照的に陰影を帯びた顔。
彼女は闇の存在であるはずだが、こうして見ると光をも従属させていることは疑いえなかった。
「……」
「どうしたの?」
マリアに声をかけられるまで、龍麻は魅入られていた。
今は共に、たぶんずっと暮らすことになる女性ではなく、
進路について相談する担任の教師なのだと自分で言い聞かせていたにも関わらず、
一秒たりとも目を離したくないと凝視してしまっていた。
「い、いえ」
頬に熱が宿るのを自覚した龍麻は、見られまいとうつむく。
それは龍麻がそうするよう、必ずしも仕向けたわけではなかったが、
狡猾な吸血鬼は相手が退いたのを見逃しはしなかった。
マリアが身を乗り出す。
気配に応じて顔を上げた龍麻は、なぜか彼女の服のファスナーが最初に目に入った。
あれはあんなに下の位置にあるものだったろうか。
そんなはずがない。
あれでは友人達の間で時々はそのサイズが話題に上る、正解は自分しか知らない、
豊かな胸の膨らみがほとんど露になってしまうではないか。
もし授業中にそんなことになっていれば、教室は大騒ぎになったに違いない。
ということは、マリアは今ファスナーを下げたのだ。
なんのために──考えかけて龍麻は止めた。
考えるまでもないことだったからだ。
この、見た目は教師で中身は吸血鬼、本性は同級生の誰よりもわがままな女(は、
自分の欲求のためにならどんなことだってやってのける。
それを改めて思い知らされただけのことなのだ。
今の季節、寒さは感じても汗をかくようなことはまずないが、龍麻の額には汗が滲んでいた。
一方のマリアは涼しげな顔に、瞳にだけ熱情を帯びさせてじっと龍麻を見ている。
蒼い、どれだけの深さがあるのかもわからない瞳の中に、落ちてしまったのはいつからだろうか。
そこから這い出ようとしたことが、はたしてあっただろうか。
龍麻はマリアの瞳を見るたび、それについて考えようとするのだが、一度として成功したことはなかった。
魔力を持っているかのようなマリアの瞳を見ていた龍麻は、ふと気付いた。
マリアが机の上に座っている。
いつの間に?
記憶が途切れている。
彼女からは、まばたきすら惜しんで目を離さなかったはずなのに、
視覚は断片的にしか情報を与えてこなかった。
その、どうやら役に立たなくなってしまった眼は、少し上を見ている。
それは被写体が上にあるからなのだが、龍麻は自分の意思によらず、視線を水平に向けさせられた。
添えられた指先が、心地良い冷たさで顎を引く。
彼女は何を見せようとしているのか、その答えは程なく眼前に示された。
聖職者にあるまじき、扇情的な胸。
もちろん胸自体に罪はない──が、それをどう見せれば最も男を誘えるか計算し、
実行しているのだからやはり、聖職者にはあるまじき、と言うしかなかった。
こぼれそうな、というよりもこぼそうとしている胸の膨らみの間には、
窮屈そうな服の隙間から避難するかのように柔肉が集まっている。
もう何度も見、これからも数えきれないくらい見るだろうその部分を、
今ことさらに見る必要はないはずだった。
しかし龍麻の視線は、マリアの胸の中心に釘づけになっている。
ファスナーをつまんだマリアの指先が、焦らすように踊りながら、
少しづつ白い肌を晒していくのからどうしても逸らせない。
今やファスナーは膨らみの頂点近くまで来ていた。
そこを過ぎてしまえば、張力に負けてあとは一気に露になってしまう、そんなぎりぎりの均衡の位置だ。
ファスナーを力ずくで引き下ろしたい衝動を抑えようと身動きもしないでいる龍麻は、
服と素肌の間にある、当然あるべきものがないことに気付いた。
「先生……下着は」
掠れる声で龍麻は訊いた。
訊いてはいけない、答えはわかっているのだ、それこそが罠なのだと必死に口を閉じようとしても、
理性はどうやら目の前の深い谷間に落ちていってしまったようで、まるで言うことをきかない。
「どうしてると思う?」
低く、ねっとりとしたマリアの声は、遠くから聞こえる。
なのに掌に突然、やわらかな、彼女の身体のある部分以外ありえない感触を感じて、龍麻の思考は更に乱れた。
「フフ……上からで、わかるのかしら?」
自分から腕を伸ばした覚えは、絶対にない──
だが右手はそんな確信を嘲笑うように動き、大きく開かれた服の隙間から忍びこんでいった。
遮るもののない彼女の素肌は、温かく、手にしっとりと吸いついてくる。
豊かな果肉の表皮を剥くように、自然に動いていく自分の手を、龍麻は口を薄く開けて見ていた。
均衡で留まっていたファスナーは男の手が強引に入ったことでたやすく敗北し、
へその上辺りまで下がってしまっている。
それでもやや窮屈な気がするのは、革のジャケットに収められた果肉が膨大だからだろう。
その柔肉の表面を、手をスプーンのように軽く曲げた龍麻の手がなぞっていく。
上から入っていった手は、手首から先全てが乳房に触れられる場所までもぞもぞと進み、そこで止まった。
掌の熱で溶けてしまいそうなほど柔らかな肉も、親指の付け根にあたるかすかな尖りも、
全てが確かな感触として伝わってくる。
するとマリアが、無言で上半身をかがめた。
乳房の重みがよりしっかりと伝わってきて、龍麻の意識はどうしてもそちらに向けられてしまう。
左半身を照らす陽光と、右手が感じるそれとは異なる種類の熱。
龍麻は二つの熱に浮かされていたが、そのうちの片方が遮られる。
左頬に広がる冷たい感触。
胸は熱いくらいなのに、どうして掌は冷たいのだろう──
奇妙な発見をする龍麻の頬に、小さな痛みが走る。
首筋に穿たれた孔を思い出させる痛みに、口がわずかに開いた。
そこから漏れた吐息に、どんな成分が含まれているのかは龍麻自身にも判らない。
判っているのは、きっと──体中の全ての血を吸われるとしても、
自分はもうこの吸血鬼から逃れられないのだろうということだった。
マリアの顔が近づいてくる。
そのまま触れるかと思った唇は、指一本の間を開けて止まった。
同じ薄さに開かれた彼女の唇から、舌が伸びてくる。
口紅を引いた唇にも劣らない紅の舌は、それ自体に男を誘う意思があるかのように、
淫靡に左右に動きながら近づいてきた。
「……っ」
唇の端を掠められただけで、心臓が止まりそうになる。
遠からずもたらされるであろう快楽に期待して、心が弛緩していく。
そんな気持ちを見透かしたように、蒼い瞳が踊った。
そう龍麻には見えたが、もうどうでもよいことだった。
眼を閉じた龍麻に、求めていたものは与えられる。
口唇一杯に広がる甘いぬくもりを、龍麻は顔を突き出して享受した。
顔だけを突き出している格好も、ヒールを脱いだマリアの足が股間をまさぐるのも気にならない。
ただ全身を満たす愉悦に浸かるだけだった。
マリアは決してキスを急がない。
止めたければいつでも止めてよいのだ、といわんばかりに龍麻に口を開くことを要求し、
主導権すら与えず、口腔を弄ぶ。
それに龍麻は嬉々として従った。
技巧に満ちたキスの後の、顎が痺れたようになる感覚を、
最初のキスの時に教えこまれてから、龍麻はマリアの口唇の虜になっていた。
思えばそれも、吸血鬼が獲物を篭絡するための手段だったのかもしれない。
事実龍麻はそれ以来、従者のように彼女の傍にいるのだから。
「立ちなさい」
下された命令に龍麻は従う。
逆らおうなどとは考えもしなかったが、キスが終わってしまうことだけが残念だった。
足下をふらつかせながら立ち上がると、マリアが学生服のボタンを外していく。
自分で脱ぎます──羞恥に苛まれた龍麻はそう言おうとしたが、声帯ももう彼女の支配下に落ちていた。
下からひとつずつ、たっぷりと時間をかけてボタンを外したマリアは、次にベルトに手をかけた。
あくまでも急がず、音さえも劣情をそそるよう計算された動きで、服を一枚一枚脱がせていく。
その間、龍麻は動くことを許されない。
マリアが、今度は下から蒼い輝きを投げつけて動きを封じるのだ。
短いスカートなのも構わず足を机の幅に開き、豊かな乳房を、
龍麻が今見ている角度からはほとんど露にしている姿は、まさに妖婦(だった。
その妖婦は、龍麻のズボンを脱がせると、手を股間に這わせる。
そこに硬い肉茎(の存在を確認し、舌なめずりすると、龍麻を足で引き寄せた。
舌が届くほどの近さまで引き寄せ、今度は下に移動させる。
床に膝をついた龍麻の眼前に秘奥を晒したマリアは、幼子を愛しむように男の黒髪を撫でた。
<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>